松元教貢歯科医院からのお知らせ

遥かなる高い志を抱いて 患者さんの為に即時荷重インプラントを正しく広める

私の夢は、恩師の夢を引き継ぎ、即時荷重インプラントを正しく広めることです。

恩師故今間司先生。

今でも私の胸の中には在りし日の先生の姿が浮かびます。

今間先生は、16年前若干41歳の若さで志半ばにして亡くなられました。

私はその時、35歳でした。

入院されている、と言うことは聞いていましたが、まだ大丈夫だろうと信じていた私はお見舞いにも行かずじまいでした。

忘れもしない往診車に乗っていた金曜日、仕事が終わったその車に緊急の電話が掛かって来て、亡くなられたことを知らされたのです。

しまった、と即座に思いました。

亡くならせてしまった、生きているうちに会えなかった、と凄い後悔が頭の中一杯に広がり、目の前が真っ白になるそんな感じがしました。

今間先生に見せて褒めて貰おう、と思っていた症例、抜歯即時植立同時GBR骨造成の成功症例は、永遠に見せられなくなってしまいました。

やるじゃん、松ちゃん、と一言言って、ニヤッと笑って、タバコを燻らす、そんな姿をもう二度と見られなくなりました。

先生は、凄い高い志を抱かれていました。

何処にもない、誰もやり遂げていない、そんなインプラント治療を成し遂げようと邁進されていました。

一般的に信じられていた治癒期間をかなり短縮してしまう早期荷重、骨造成GBR、インプラント植立同時骨造成GBR。

信じられないかも知れませんが、16年以上も前のあの当時、既に今間先生は独自に工夫して手掛けられていました。

その仕事の内容を拝見していて、私は何て凄い先生なんだ、と感嘆し感服してしまいました。

先生の手術後の治癒の美しさ、治りの早さ、常識外の綺麗さと早さに圧倒されました。

先生は、早く綺麗に治すことを、一所懸命に為されていました。

もし、先生が志半ばで倒れられなかったなら、必ず即時荷重の道に進まれていたに違いありません。

私は運に恵まれ、恩師ラム先生に巡り合い即時荷重の道に進みました。

でも、もしかしたら今間先生の思いが通じて、私をして巡り合わせていただけたのかも知れない、そんなことも思ってしまう私なのです。

誰よりも早く綺麗に治してしまいたかった今間先生。

その心は、患者さん達を沢山救いたい、誰も救えない患者さんでも自分は救いたい、新しい道を築きたい、そう言うものだった、と確信しています。

私如き人物では、今間先生のようなリーダーシップも発揮出来ないし、凄まじいとしか表現しようのない綺麗な手術には到達出来ていないかも知れないし、何よりも患者さんを捉えて離さない人間的魅力、人物としての大きさには遥かに及びません。

豪胆でシャイで、どんな時でも冷静で腹が据わっていて、しょうもないギャグが好きで、馬鹿騒ぎが好きで、モデルのように二枚目で、スラッと背が高くて足が長くて、運動神経が良くて、頭が良くて、手先が物凄く器用で、指が長くて女性のように綺麗で、何故こんな格好良い人が歯医者なんかしているんだろう、と思わされたものでした。

あんな魅力的なインプラント医には、もう二度とお目に掛かれないでしょう。

私は、良く半分本気で、神様も入れ歯が嫌でインプラントしたくなったから天にお呼びになったんだ、と言っています。

しかし、先生はもうこの世におられません。

このままでは、先生が残されようとしていた道が時の彼方に失われてしまいます。

そんな思いを胸に、私は宿命の導きで即時荷重インプラントの道に来ました。

役不足は百も承知で、誰か優秀な次の世代にバトンを渡せるまでは私が頑張ろう、そう念じています。

今間先生がご存命であらせられたなら、間違いなく即時荷重で世界をリードされていたことでしょう。

こんな凄い先生がいたんだ、と言うことをチャンと残す為に、先生が願われた患者さんを救う為に、理想の医療を実現し世の中を良くする為に、私は即時荷重インプラントを正しく広めて参ります。

 

 

 

 

 

投稿日:2012年7月3日  カテゴリー: