松元教貢歯科医院からのお知らせ

AAPアメリカ歯周病学会から帰国して、インプラントの長期安定は歯茎からです!

本日朝早く帰国して、そのまま仕事していますゲンちゃん先生です。

今回のAAPは、私的には非常に好きな学会でした。

内容が、歯を支える土台、歯茎、骨の環境を整えるお話になっていて、一時期のまるでインプラント学会?と言うような状態がかなり是正されている、と思いました。

その中で、やはり私が受け止めたのは、骨とかの造成、とかよりも包んでいる歯茎、軟組織の健康維持安定が非常に重要である、と言うことです。

インプラントと言うのは歯茎に刺さっている棘である、と言う説明をされる大変有名な大学の教授がおられます。

そのことには一理も二理もあって、私も同意する部分はとても沢山あるのですが、しかし、インプラントは棘とは違って骨と癒着して、動かない状態になって、噛むと言う力を負担してくれて、残っている天然歯を助けてくれる、と言う大きな役目を果たせるものです。

棘にはそのような効用は一切なく、ただ生体に有害な痛みとか炎症をもたらすだけのものでしょう。

勿論、大学教授の説明されているのは、チャンとした治療、メインテナンスを施されていないインプラントは、まかり間違うと棘のようなものになりかねない、と言うことだと思います。

それでも、棘であると言う言い方では、勘違いをされてしまいかねない危険性を孕んでいる、と危惧します。

反面、そう言われても仕方がない、歯周病治療への配慮、天然歯、インプラントを支えている土台への治療、メインテナンスに欠けているとしか思われないトラブルのお話も今回の学会内でチャンと取り上げられていました。

これは、決して他人事ではない、日本国内でも間違いなく直ぐに現実になる問題だろう、と私も心配しています。

 

今回AAPに参加して、強く思ったのは、家を建てるのと同じように地固めからしっかりとしないといけない、それには歯茎、骨の治療、メインテナンスが欠かせない、と言うことでした。

 

人は必ず年を取ります。

どんなに頑張ってアンチエイジングしたとしても、加齢、その先にある死を避けることは誰にもできません。

 

その時に、諦めて下り坂を転げ落ちて行くのか、それとも生きているうちに頑張ることこそが命の意味なんだ、と考え、生きていると言うことは食べると言うこと、噛めると言うことと考えて、歯の治療、歯茎の治療をしっかりとして、亡くなる寸前までしっかりと好きなものを食べて去って行くのか?それが真摯に問われている時代に成って来たのだ、と思います。

 

私は、今回この患者さんは幸せな人生を送られているんだろうな、と言う症例のプレゼンと、そうではない患者さんの症例のプレゼンを両方拝見して、心の底からやはり年を取っても幾つに成っても噛めること食事を出来る楽しみ、と言うものが物凄く大きな意味がある、と感じました。

余生が短いと感じるからこそ、その時その時の食事、噛めることに意味を見出すのか、もう自分の人生は終わっていると感じて放置して、やがて噛めなくなって胃瘻を開けられ、流し込まされながらベットの上で最期の人生を送り、体が有り得ない状態に曲がりくねって閉じるのか。

嫌なことですが、真摯に見つめ直さないといけないのではないでしょうか?

 

AAPに参加して、結論から言えば、歯茎、骨が安定していて歯があって、勿論歯がなければインプラントがあってくれれば、その人はかなり人としての人生を全うできる、と言うことを考えさせられました。

私は高齢者歯科にも、特老ホームに長く関わって来たせいで、普通の開業医よりはかなり詳しいのです。

その結論は、人は死ぬまで食べ続けないといけない、その時に歯がないことは、生体の衰弱を早く招く、と言うことでした。

だから、私は総義歯の道に活路を見出し、出来るだけ早く噛めるように治して差し上げることに必死だったのです。

 

結局、私はいつもいつも、患者さんの人生の中での歯、口腔系と言うことを真剣に問い詰めて、臨床の現場で必死で頑張って来たのです。

そのスタンスは終生変わらないことでしょう。

その基礎の基礎は、歯茎の健康、歯の健口、歯がなければインプラントによる健口、だと明言します。

 

皆さんも、歯医者の治療は歯だけ、と言う考え方はもう止めて、口腔系、お口全体、支えているのは歯茎であり骨である、と言うことに目覚めて、真っ当な人生を送って欲しい、と思います。

自分の人生での歯の価値、意味を真剣に見出していただける、考えている方、どうぞご相談にお越し下さい。

患者さん、同業者問いません。

 

私は真剣です。

 

 

 

投稿日:2012年10月4日  カテゴリー: